大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所松本支部 昭和49年(ワ)50号 判決

原告

上條伸幸

被告

北部運送株式会社

ほか二名

主文

被告らは連帯して原告に対し、金三五、三二八、一一九円及びこれに対する被告北部運送につき昭和四七年四月一二日、被告小林賢一につき昭和四七年四月一三日、被告岩谷産業につき昭和四九年五月一二日以降それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は主文一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

「被告らは連帯して原告に対し、金三八、九五七、三六一円及びこれに対する被告北部運送につき昭和四七年四月一二日、被告小林賢一につき昭和四七年四月一三日、被告岩谷産業につき昭和四九年五月一二日以降それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行宣言。

(被告ら)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  事故の発生

1 日時 昭和四五年一一月二六日午後二時五分頃

2 場所 山梨県甲府市竜王町竜王一、八八〇番地先国道二〇号線路上、見透しの良いゆるいカーブ

3 態様 訴外山口秋雄運転のタンクローリー(群馬八八あ二二、以下加害車という)は、約六五キロメートルのスピードで自車の前車を追い越そうとしてセンターラインを越え、道路の右側に寄り、折から対向進行中の原告運転の普通貨物自動車(松本一や二九五二以下被害車という。)と正面衝突。(以下本件事故という)

二  傷害の部位、程度

原告は本件事故により、右骨盤臼蓋骨折、同股関節脱臼、左大腿骨々折、同膝蓋骨々折、左下腿骨々折、四肢多発裂創、頭部打撲、顔面多発裂創の傷害を負い、その結果、右下肢股関節、同膝関節の用廃、左下肢膝関節の用廃および右下肢足関節・左下肢股関節同足関節に著るしい機能障害を残すこととなり、又右下肢短縮および左下腿骨・左大腿骨の体幹骨長管骨の変形といつた後遺障害が残存した。

三  責任原因

1 被告北部運送株式会社(以下、被告北部運送という。)及び被告岩谷産業株式会社(以下、被告岩谷産業という。)はともに加害車両を自己のために運行の用に供するものであり、自賠法三条による運行供用者責任を負つている。その理由は大略以下に述べるとおりである。

(一) 被告岩谷産業は、大阪に本拠を置くいわゆる総合商社であるが、LPガスは被告岩谷産業にあつては、主力商品であり、東京を中心とする各都県におけるLPガスの販売にあたつて、その輸送は、LPガス用ローリー車を持ち、正規の営業免許をもつた運送会社一二乃至一三社に輸送依頼していた。

(二) 被告北部運送は、高崎市に本拠を置き、道路運送法にもとづく営業免許をもつて運送事業を行つている会社で、昭和四五年当時、LPガス用ローリー車(以下単にローリー車という)を約一五台所有していた。

(三)(1) 被告岩谷産業と被告北部運送とは、昭和四〇年ころからLPガス輸送取引関係にあつたものである。

(2) 被告岩谷産業において、LPガス輸送の業務を担当する燃料課には、被告北部運送の所有するローリー車のうち五台の車番が登録されると共に右ローリー車の車体には被告岩谷産業の名称とマークが大書され、これらはほぼ毎日専属的に被告岩谷産業のLPガスの運搬に従事していた。そしてLPガス輸送に関する運賃は被告岩谷産業が作成した運賃基準表によつて決定されていた。

(四) 本件加害車両は元、被告北部運送と同様に被告岩谷産業のLPガス輸送を専属的に担当していた訴外東京液化ガス輸送株式会社(以下東京液化という。)に被告岩谷産業が売り込んでLPガス輸送に使用させていたものであつたが、東京液化が昭和四五年四月頃倒産に伴い債権担保のため被告岩谷産業が引き揚げたものである。被告岩谷産業は東京液化に対する債権の回収並びに輸送力の確保等を目的として東京液化の取締役であつた被告小林賢一(以下被告小林という)に本件加害車両を売却して被告岩谷産業のLPガス輸送に従事させることとした。被告小林は道路運送法に基く運輸大臣の営業免許を有していなかつたので、被告岩谷産業はかねてから東京に営業上の拠点を持ちたがつていた被告北部運送からその営業名義を借りることとし、本件加害車両は被告北部運送名義で登録され、被告北部運送は被告小林に対して「北部運送株式会社東京営業所」という名称を使用することを許容した。そして昭和四五年九月頃から被告小林は右名称を使用して被告岩谷産業のLPガスを専属的に輸送する仕事に着手し、本件加害車両は被告岩谷産業燃料課に車番の登録がなされた。右車両には被告岩谷産業の名称とマークが大書されているほかドアの後に被告北部運送の名称が記載され、又被告小林と被告北部運送との間では被告小林の業務が順調にいつたら名義貸料を被告北部運送に支払う旨約され、本件事故当時被告小林の被告岩谷産業に対する運賃の請求は被告北部運送本社を通じて行われ、被告小林は輸送量等を毎月被告北部運送に報告、これに基いて被告北部運送は必要事項を所轄官庁に届出ていた。

(五) 本件事故も被告岩谷産業のLPガス輸送の帰途に起きたものである。

以上の事実関係を総合するならば、被告小林が本件車両を使用して被告岩谷産業のLPガスの輸送業務を行つたのは、最初から最後(昭和四七年の倒産)まで被告岩谷産業と被告北部運送の支配と加護のもとに行つたものであり、右の事実関係からするならば、被告岩谷産業と被告北部運送には、本件車両の運行につき、運行支配・運行利益ともにそなわつているものと言うべく、両被告とも自賠法三条の運行供用責任者であることは明きらかである。

1 被告小林の責任

本件事故の加害者山口秋雄は被告小林賢一の従業員であり、本件事故は被告小林の業務の執行中に右山口の過失により惹起されたものであるから、民法七一五条により被告小林は使用者責任がある。

四  損害

1 治療費(原告出費分) 金四五六、六三〇円

2 付添看護費 金八一九、〇〇〇円

本件事故により原告は、昭和四五年一一月二六日から鹿教湯温泉療養所を退院する昭和四七年七月三一日まで入院治療を続け、その間付添看護が必要であつたが、昭和四六年二月一日から昭和四七年七月三一日までの五四六日間はずつと原告の妻が付添看護をなした。付添看護の費用として一日金一、五〇〇円が相当である。

3 入院雑費 金四四五、五〇〇円

原告は昭和四五年一一月二六日から昭和五〇年二月三日までの間自宅療養をした六七日間(昭和四七年八月一日から昭和四七年九月二六日まで)を除きいずれも病院で入院療養を余儀なくされた。その期間一、四八五日間につき入院雑費として一日金三〇〇円の損害を受けた。

4 逸失利益 金三四、七三六、二三一円

原告は本件事故により、事故当日から昭和五〇年二月三日まで全く就労できず、前記後遺障害により昭和五一年一二月末日までは労働能力を一〇〇パーセント喪失し、それ以降は労働能力を七〇パーセント喪失した。

(一) 休業損害 金六、五四〇、八〇〇円

本件事故当時、原告は有限会社木下商店に勤務する運転手であり、当時三ケ月平均で、一ケ月当り金八九、六〇〇円の給与を得ていた。従つて昭和四五年一二月一日から昭和五一年一二月末日までの就労不能による休業損害は合計金六、五四〇、八〇〇円である。

(二) 将来の逸失利益

原告は本件事故時満三四歳の男子であり、六七歳まで就労可能として、昭和五二年一月における原告の就労可能年数は二七年である。ところで、労働者の賃金は、昭和四〇年から昭和五〇年にかけて、インフレの進行と併行して急激に上昇したことは公知の事実であるが、昭和四九年の賃金センサスによれば、男子労働者の三五歳から三九歳の全産業の平均賃金は、きまつて支給する現金給与額は月額金一五万四、六〇〇円であり、年間賞与その他特別給与額は年額金五四万一、八〇〇円である。

昭和四五年の賃金センサスによれば、三〇歳から三四歳までの男子労働者のきまつて支給する現金給与額は月額金七万四、三〇〇円、年間賞与その他の特別給与額が年額金二二万六、七〇〇円であり、また、昭和四六年の賃金センサスによれば、右の割合はそれぞれ月額金八万三、〇〇〇円、年額金二七万三、八〇〇円である。

以上の各資料にてらせば、原告自身昭和四五年一一月の本件事故当時、全労働者の平均とほぼ同額の賃金を得ていたことになり、昭和四九年以降の予想される賃金についても、前記昭和四九年の賃金センサスによる男子労働者の三五歳から三九歳の全産業の平均賃金を得るものと推定される。

昭和五二年一月から以降については、原告の労働能力を七〇パーセント喪失したものと考え、かつ、原告のうべかりし年収を、前記昭和四九年の賃金センサス、男子労働者三五歳から三九歳までの全産業の平均賃金をもつて計算の基礎とし、右時点の原告の就労可能年数は、二七年であり、新ホフマン方式により中間利息を控除して計算すると、逸失利益は、金二八、一九五、四三一円となる。

5 慰謝料 金五〇〇万円

原告は本件事故により、原告本人尋問の行なわれた昭和五〇年二月まで四年以上も入院療養生活をしいられ、かつ将来においても、労働することすら見通しのつかない状態である。

原告の症状によれば、車イスさえもたれるのがせいいつぱいであり、伏せていることのみが最も安楽という、人間としてのすべての快楽から見離された状態である。日常生活における不便は、目に余るものがある。

かつ、原告には、事故当時、二歳になる長男達也と、生まれたばかりの長女幸恵がおり、これから原告が一家四人の主柱として、子供の成長のために働かねばならない矢先に本件事故に遇い、ために原告の家庭は破壊され、原告の家計は妻の労働だけに頼らざるを得なくなり、現在生活保護世帯となつている。

健康な運送業務に従事していた原告にとつて、これは、言語に現わし得ない精神的苦痛であることは明らかである。これらの精神的苦痛と、事故によつてうけた肉体的苦痛も考慮すれば原告のうけた精神的損害に対する慰謝料は、金五〇〇万円を下るものではないと思料する。

6 損害の填補

自賠責保険から金二、五〇〇、〇〇〇円

五  よつて原告は被告らに対し、金三八、九五七、三六一円及びこれに対する各被告に対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一  被告北部運送

1 請求原因一項の1、2の事実並びに3の事実のうち山口秋雄、原告運転の各車両が原告主張のとおりであることは認め、その余の事実は否認。

2 同二項の事実は不知。

3 同三項の1の前文の事実は否認。

(一) 同三項の1の(一)(二)の事実は認める。

(二) 同三項の1の(三)の(1)の事実のうち被告北部運送と被告岩谷産業とがLPガス輸送取引関係にあつたことは認める。

(三) 同三項の1の(四)の事実のうち、被告北部運送が被告岩谷産業の依頼により、被告小林に対し、加害車両を被告北部運送名義に登録することを許容したこと、加害車両に「岩谷産業」名が表示されていることは認める。

4 同三項の2の事実のうち山口秋雄が被告小林賢一の従業員であり、本件事故は被告小林の業務執行中に惹起されたものであることは認める。

5 同四項の事実は不知。

二  被告岩谷産業

1 請求原因第一、二項の事実は不知

2(一) 同三項1の(一)の事実は認める。

(二) 同三項1の(二)の事実中被告北部運送の事故当時のLPガス用ローリー車の所有台数は否認し、その余は認める。

(三) 同三項の1の(三)の(1)の事実及び同(2)の事実中、被告岩谷産業においてLPガス輸送の業務を担当する課が燃料課であることは認め、その余は否認。即ち、被告岩谷産業と被告北部運送とは対等者間の運送依頼関係で、いわゆる荷のあるときだけ運送依頼するスポツト契約であるので、毎日注文があるのではない。

(四) 同三項1の(四)の事実中本件加害車両は被告岩谷産業が訴外東京液化ガス輸送株式会社に売つたものであること、右東京液化の倒産に伴い被告岩谷産業は本件加害車両を引き揚げたこと、被告岩谷産業が被告小林に対し本件加害車両を売却したこと、被告小林の被告岩谷産業に対する運賃の請求は被告北部運送本社を通じて行われていたこと及び被告小林が「北部運送株式会社東京営業所」という名称を使用していたことはいずれも認め、被告小林が東京液化の取締役であつたこと、本件加害車両が被告北部運送の登録名義となつたことは不知、その余の事実は否認。

(五) 同三項1の(五)の事実中、本件事故が被告岩谷産業のLPガス輸送の帰途に起きたものであることは不知、被告岩谷産業の運行供用者責任に関する部分は全て否認。

3 同四項の各事実中、6の事実は認め、その余の事実は全て争う。特に逸失利益については、本件原告の場合、近いうちに、再手術を行い、更に回復することが十分に可能であることが予想される以上、現在の後遺症による喪失率を全就労可能年数にあてはめるのは、誤りであり不当利得することになる。

三  被告小林

1 請求原因一項の1、2の事実並びに3の事実のうち山口秋雄、原告運転の各車両が原告主張のとおりであることは認め、その余の事実は否認。

2 同二項の事実は不知。

3 同三項の2の事実のうち、山口秋雄が被告小林の従業員であり、本件事故は被告小林の業務執行中に起きたものであることは認め、山口の過失、被告小林の使用者責任の点は否認する。

4 同四項の事実のうち6の事実は認め、その余は不知。

(抗弁)

一  被告北部運送及び被告小林

本件事故は原告のスピード違反の過失によるものであり過失相殺がなされなければならない。即ち、本件事故現場は制限速度五〇キロメートルと指定された区間で、山口秋雄は事故直前時速約五五キロメートルで進行し、対向車両である原告運転車両との距離、被追越車両の状態よりして長年の運転経験から追越が可能であると判断して、追越のため対向車線に出、追越完了の直前に原告の車両と衝突したのであるが、右のように山口の判断を狂わせたのは原告の時速七〇キロメートルというスピード違反である。

(抗弁に対する認否)

抗弁事実は否認。

第三証拠〔略〕

理由

第一事故の発生

一  本件事故の日時、場所及び加害車、被害車の運転者については原告と被告北部運送並びに被告小林の間では争いがない。

二  いずれも成立に争いのない甲一二ないし一五号証、並びに証人山口秋雄の証言によると、昭和四五年一一月二六日午後二時五分頃、山口秋雄は、加害車を運転して、山梨県中巨摩郡竜王町竜王一、八八〇番地付近国道二〇号線通称竜王バイパスを、韮崎市方面から甲府市方面へ向い時速約五〇ないし六〇キロメートルで進行中、前方を同方向に走行する普通トラツクを追い越すべく速度を時速約六五キロメートルに加速してセンターラインを越え右側車線へ出て進行したところ、前方のトラツクも加速したためなかなか追越を完了して前に入れないまま右側車線を進行し、対向してきた原告運転の被害車を認め急制動の措置をとつたが間に合わず被害車と正面衝突したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

第二責任原因

一  被告北部運送及び被告岩谷産業の運行供用者責任について

1  被告小林と被告岩谷産業との関係

(一) 被告岩谷産業は大阪に本拠を置く総合商社で、LPガスは同被告の主力商品であり、東京を中心とするLPガスの販売にあたつては、その輸送をLPガス用ローリー車を持ち正規の営業免許をもつた運送会社一二ないし一三社に依頼していたことは原告と被告岩谷産業及び被告北部運送の間では争いがない。

(二) 証人山口秋雄、同郷原脩治の各証言、被告小林賢一、同北部運送代表者梅山立夫の各本人尋問の結果(いずれも後記措信しない部分を除く)を総合すると、次の各事実が認められる。

(1) 被告小林は、被告岩谷産業のLPガス輸送を請負つていた運送業者の一つである東京液化の取締役であつたが、昭和四五年四月右会社が倒産したため、従業員数名と共に従来から経験のあるLPガス輸送の仕事をしたいと考え、同年六月頃取引先であり大学の同窓生である被告岩谷産業東京営業所の業務課長郷原脩治を訪ねその旨依頼した。しかしながら被告小林は運輸大臣の運送免許を受けていないため、郷原脩治は、正規の免許を持つ運送業者で被告岩谷産業のLPガス輸送にタツチしている被告北部運送が東京に営業所を出したいと言つていたので、被告小林を被告北部運送に紹介し、同年七月頃被告小林と被告北部運送との間で、被告北部運送は被告小林に対し「北部運送東京出張所」名を使用してLPガス運送業を行なうことを許容することとなつた。右のように被告小林が「北部運送東京営業所」名でLPガス輸送をすることとなつたので、同年八月頃被告岩谷産業は被告小林に対し本件加害車を含むローリー車二台を被告北部運送名で登録することを確認したうえ一台金二、〇〇〇、〇〇〇円、代金の支払は一〇ケ月ないし二〇ケ月割賦の約束で売り渡し、同年九月頃より被告小林は被告岩谷産業のLPガス輸送に従事するようになつた。

(2) 被告岩谷産業から被告小林に売り渡された本件加害車両を含む二台のローリー車は元被告岩谷産業が、東京液化に売却したものを同社の倒産に伴い債権確保のため引き揚げたもので、東京液化時代より右ローリー車の車体には被告岩谷産業の名称とマークが大書されており、そのまま被告小林に売却された。

(3) 被告小林は被告岩谷産業のLPガス輸送がないときにはゼネラルガス、日商岩井のLPガス輸送にも従事したが、大半は被告岩谷産業のLPガス輸送に従事し、本件事故当時被告小林は三台のローリー車を所有していたが、山口秋雄が専属的に運転していた本件加害車両は被告岩谷産業のLPガス輸送に専ら使用されていた。そして、被告小林がLPガス輸送を担当する地域は東京液化の担当していた山梨県方面が主であつた。

(4) 被告小林のローリー車の代金は、被告岩谷産業の被告小林に対するLPガス運送賃の中から相殺されて支払われ、本件事故当時代金の大部分は未払であつた。

(5) 被告岩谷産業のLPガス運送の指示は当初一時期を除き、前日電話で直接被告小林の「北部運送東京営業所」に対しなされ、運賃の支払いも被告岩谷産業から被告小林に対しなされていた。

(6) 本件事故は被告岩谷産業のLPガスを長野県飯田市の飯田ガスに輸送した帰途発生したものである。

証人郷原脩治、同武沢一智の各証言中右認定に反する部分は措信せず他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  被告小林と被告北部運送の関係

成立に争いのない丙一、二号証の各一、二、証人郷原脩治の証言、被告小林賢一、被告北部運送代表者梅山立夫の各本人尋問の結果によると次の各事実が認められる。

(一) 被告北部運送は被告小林に対し「北部運送東京営業所」の名称の使用を許諾し、被告小林が被告岩谷産業から購入したローリー車は被告北部運送名義で登録された。

(二) LPガス輸送については高圧ガス取締法二三条二項、一般高圧ガス保安規則、液化石油ガス保安規則により、ローリー車ごとに「名称、事業所所在地、容器に充填する製造者及び容器に充填されたガスを受け入れる者の名称と所在地(いわゆる路線)」等を記載した「移動及び移動中における災害防止に関する計画書」(いわゆる移動計画書)を通商産業局長に提出し、その確認を受けなければならないとされているが被告小林のローリー車については被告北部運送名義で右計画書が提出されている。

(三) 被告岩谷産業に対する被告小林の運賃請求は、被告北部運送から交付された被告北部運送と被告岩谷産業との間の運賃基準表に従つて、被告北部運送本社を通じて行なつてきた。又被告小林は被告北部運送に対し営業実績の報告を行つていた。

(四) 被告北部運送と被告小林の間で本件事故後名義料について話が出されたが、被告小林の営業が順調にゆけば支払うということで、具体的な約定はなされず、その後被告小林が倒産したため名義料は全く支払われなかつた。

(五) 本件加害車両のドアの後に被告北部運送の名称が記載され、ガソリンの購入は「北部運送東京営業所」名で行なつていた。

3  被告北部運送と被告岩谷産業の関係

前掲丙一、二号証の各一、二、成立に争いのない丙三号証、証人郷原脩治、同武沢一智の各証言、被告北部運送代表者梅山立夫の本人尋問の結果(以下一部措信しない部分を除く)を総合すると、

被告北部運送と被告岩谷産業は昭和三八年頃からLPガス輸送の取引を始め、被告北部運送は主に群馬県、長野県方面にLPガスを運送していたこと、被告北部運送は本件事故当時約四八台のLPガス用ローリー車を所有し、そのうち一日、三、四台が被告岩谷産業のLPガス輸送に使用され、両被告の運送契約は荷があるときだけ依頼するいわゆるスポツト運送で使用されるローリー車は必ずしも一定しておらず、又被告岩谷産業から車を指定することはなかつたこと、被告北部運送所有のローリー車中約五台のローリー車には被告岩谷産業の名称とマークが大書されていたが、これらはいずれも被告北部運送が被告岩谷の歓心をかうために無断でなしたもので、別会社名が大書されているローリー車も四、五種類あることがそれぞれ認められ、証人武沢一智、同木下幹雄の各証言、並びに被告北部運送代表者梅山立夫の本人尋問の結果中一部右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告北部運送と被告岩谷産業とはLPガスという特殊な商品の運送業者と注文主ということで一定の密接な関係はあるものの、専属的運送関係に立つものではなく、その他具体的に被告岩谷産業が被告北部運送のLPガス運送を指揮監督したり車の維持管理について関与したりしたことはないから、被告岩谷産業と被告北部運送は運送契約の当事者というにすぎず、一方が他方を支配したりする関係にはなかつたと判断される。

しかしながら他方被告岩谷産業と被告小林の関係についてみると、被告岩谷産業は、被告小林が運輸大臣の運送免許を持たない無免許運送業者で、被告北部運送の車の登録名義と営業名義を借りて営業するものであるのに、右被告小林のために被告北部運送を紹介し、被告岩谷産業の社名とマークが大書されたローリー車を被告小林に売り渡してその営業の基礎を与え、その後被告小林に対しLPガス輸送を依頼して、東京液化の担当していた地域にLPガスを輸送させ、被告小林の運送の大半を被告岩谷産業のLPガス輸送を占め、少くとも本件加害車は専ら被告岩谷産業のLPガス輸送にのみ使用され、その車体には被告岩谷産業の名称とマークが大書されていたものである。従つて被告岩谷産業は被告小林及びその従業員の持つ東京液化時代からの経験と知識を利用するために、被告小林にローリー車を売り、LPガスを輸送させていたものと推認される。車体に被告岩谷産業の名称とマークを大書したローリー車である本件加害車両を被告小林に売却し、そのローリー車によつて自己のLPガスを輸送させていた被告岩谷産業は、被告岩谷産業が被告小林の右ローリー車を支配し、右ローリー車の運行が被告岩谷産業の業務としてなされているという外観を作り出したものであり、前記被告岩谷産業と被告小林との内部関係とを併せ考慮するときは、本件ローリー車の運行という社会生活における危険を作り出したものは被告岩谷産業であり、その責任は右被告に帰せしむるものと評価するのが相当である。従つて被告岩谷産業に本件加害車両の運行に対する具体的な指揮、監督、車の維持管理について指示、関与等の事実がなくとも、被告岩谷産業は本件加害車両に対する運行支配、運行利益を有しているものというべく、被告岩谷産業は本件加害車両の運行供用者と解するのが相当である。

他方、被告北部運送は、無免許者である被告小林に免許営業たる運送業を営ませるべく車両名義及び営業名義を貸与し、被告小林から営業報告を受け、又運賃の請求についても被告北部運送本社を通じて被告岩谷産業へ請求していたものであり、名義料について支払われなかつたものの将来被告小林の営業が順調にゆけば支払う旨の話し合いがなされていたものであるから、加害車の管理、維持、車の配車等について具体的な指示はなされてはいないが、やはり被告北部運送も本件加害車に対し運行支配・運行利益を有していたものと言わなければならない。

二  被告小林の責任

既に認定したように山口秋雄は先行する普通トラツクを追越すべくセンターラインを越えて右側車線を走行して前車を追い越そうとしたが、前車が加速したため追い越しを早期に完了して自己の車線に戻ることが出来ずそのまま右側を走行し、対向してきた原告車と正面衝突したものである。ところでセンターラインを右側にはみ出して前車を追越そうとする場合には特に対向車の動静、安全な間隔を確認して追越しを開始し、対向車の接近等により追越しを継続することが危険となつた場合には直ちに追越を中止して自己の走行車線に戻るべき注意義務があるのに、山口秋雄は追越がスムーズにゆかず対向車が接近しているのに漫然と時速六五キロメートルで右側車線を走行して本件事故となつたものであるから、本件事故が山口秋雄の過失によつて惹起されたものであることは明らかである。山口秋雄が被告小林の従業員であり、本件事故が被告小林の業務執行中に惹起されたものであることは当事者間に争いがない。従つて被告小林は民法七一五条により本件事故により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

尚、被告北部運送及び同小林は過失相殺を主張するが、原告に過失相殺をすべき過失の存在することを認めるに足りる証拠はない。従つて右抗弁は採用できない。

第三原告の傷害と後遺症

原告と被告北部運送並びに被告小林賢一との間ではいずれも成立に争いがなく、被告岩谷産業との間では弁論の全趣旨によりいずれも真正に成立したものと認められる甲一、二号証、同三号証の一、二、同四、五号証、全ての当事者間で成立に争いのない甲一七、一八号証、証人上条昌子の証言並びに原告本人尋問の結果を総合すると次の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

一  原告は本件事故により、右骨盤骨寛骨臼破裂複雑骨折、股関節脱臼、左骨盤挫骨、恥骨骨折、左大腿骨複雑骨折、左膝蓋骨骨折、左下腿骨複雑骨折、四肢多発裂創、顔面多発裂創、並びに頭部打撲の傷害を受け、右傷害治療のため、昭和四五年一一月二六日より昭和四六年七月四日まで小宮山外科病院、翌七月五日より同月三一日まで東京医科歯科大学付属病院、翌八月一日より同年一一月四日まで小宮山外科病院、同日より昭和四七年七月三一日まで鹿教湯温泉病院に入院し、東京医科歯科大学付属病院、鹿教湯温泉病院では主としてリハビリテーシヨンを受けていたが、昭和四七年二月二四日付の自賠責保険後遺障害診断書によると、原告には右股関節強直、左膝関節の強度の拘縮等により歩行障害があり松葉杖を使用してようやく歩行可能、坐位をとることが不可能、臥位からの起き上り不可能で日常生活の動作は全て介助を要する状態であつた。

その後原告は、二ケ月の自宅療養の後昭和四七年九月二七日信州大学医学部付属病院に入院して、左膝関節援動手術を受け、昭和四八年四月九日同病院を退院後国立松本療養所に入院し入浴とマツサージによるリハビリテーシヨンを受けながら現在に至つている。

二  原告は前記左膝の手術によつて、左膝は幾分曲がるようになつたが(右九〇度、左三〇度位)、靴の着脱は不可能で坐位をとることはできず、浅い椅子なら二〇分位かけられるが、車椅子にはもたれる程度で、右下股は左下股より約五センチメートル短縮し、松葉杖の使用により歩行可能な状態である。現在原告について骨盤の再手術が検討され、その手術の成功によつては原告は車椅子を使用して稼働可能となることもあり得るという状態である。

第四損害

一  治療費 金四五六、六三〇円

全ての当事者間で成立に争いのない甲一九号証の一ないし二九、同二〇号証の一ないし五、同二一号証の一、二、原告と被告北部運送並びに被告小林の間では成立に争いがなく、被告岩谷産業との間では証人上条昌子の証言により真正に成立したものと認められる甲七号証、及び証人上条昌子の証言によれば、本件事故による傷害の治療費等として、原告は小宮山外科病院に対し、金三三六、一六〇円、鹿教湯温泉病院に対し金一一六、四七〇円、信州大学医学部付属病院に対し金二、〇〇〇円、国立松本療養所に対し金二、〇〇〇円をそれぞれ支払つたことが認められ右認定に反する証拠はない。従つて原告が出捐した治療費の合計額は金四五六、六三〇円となる。

二  付添看護費 金八一九、〇〇〇円

既に認定したように原告は本件事故当日小宮山外科病院に入院して以来昭和四七年七月三一日鹿教湯温泉病院を退院するまで終始入院治療を続け、前掲甲三号証の一、二、同五号証、並びに証人上条昌子の証言によれば、その間原告には付添看護が必要であり、当初二ケ月位は被告北部運送の負担で家政婦が付添い原告の妻上条昌子は三日置き位に通つていたが、その後鹿教湯温泉病院を退院するまで上条昌子が毎日付添看護を続けたことが認められる。従つて、事故後二ケ月余を経過した昭和四六年二月一日以降は原告の妻上条昌子が付添看護にあたつていたと推認される。ところで近親者が付添看護の任にあたり、現実にその間に付添看護料の授受がない場合でも、近親者の付添看護の労務の提供を実質的に考察してこれを原告の出捐した損害と認めるのが相当であり、右付添看護費用として上条昌子が付添看護をなした期間を平均して一日金一、五〇〇円を下らないことは当裁判所に顕著な事実である。従つて右期間五四六日間(昭和四六年二月一日より昭和四七年七月三一日まで)の付添看護費用は合計金八一九、〇〇〇円となる。

三  入院雑費 金四四二、二〇〇円

既に認定したように原告は昭和四五年一一月二六日以降、自宅療養をした昭和四七年八月一日から同年九月二六日までの五七日間を除き入院療養を継続したものであるが、記録上原告本人尋問が行われたことが明らかな昭和五〇年二月三日までにその入院期間は一、四七四日間に達する。右入院期間中雑費として一日金三〇〇円を要することは経験則上明らかなことであるから、右期間中の入院雑費の合計は金四四二、二〇〇円となる。

四  逸失利益 金三一、一一〇、二八九円

既に認定したとおり、原告は、原告本人尋問の行われた昭和五〇年二月三日現在、尚国立療養所に入院中であり、その後遺障害は右股関節の強直、左膝関節の拘縮、右下肢の短縮等で、歩行は松葉杖使用によつてようやく可能であるが、坐位をとることができず、膝は右九〇度、左三〇度程度しか曲がらないため靴の着脱が不可能であること、又車椅子の使用も不可能であるから、原告の稼働は右本人尋問時には不可能であつたことが認められ、その後遺障害の内容程度から考えて原告は昭和五一年一二月末までは稼動能力を全く喪失したものと推認するのが相当である。そして昭和五二年一月一日以降原告はその稼働可能の全期間に亘り稼働能力の七〇パーセントを喪失するものと推認するのが相当である。(原告本人尋問の結果及び証人上条昌子の証言によれば原告に対し骨盤の手術が検討されており、その手術が成功すれば障害が軽快することもある旨医師が述べていることは認められるが、手術実施の適応性自体が未だ明らかでなく、成功しても軽癒の見込みが明らかでないから、右の点は考慮しない。)

1  休業損害

証人木下重次郎の証言並びに右証言により真正に成立したものと認められる甲一〇、一一号証によると、原告は本件事故当時有限会社木下本店に運転手として雇用されていたこと、原告は木下本店に勤務し始めたのは昭和四五年九月からで、事故前に木下本店より原告に支給された賃金を三等分した額は金八九、六〇〇円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によると原告は本件事故当時一ケ月右金八九、六〇〇円を下らない収入をあげ得たものと推認される。従つて昭和四五年一二月分より昭和五一年一二月までの休業による損害額は合計金六、五四〇、八〇〇円となる。

2  将来の逸失利益 金二四、五六九、四八九円

いずれも全ての当事者間で成立に争いのない甲二二ないし二三号証によれば、原告は本件事故当時三四歳の男子であつたこと、賃金センサス昭和四五年度第一巻第一表によると、三〇~三五歳の全産業全男子労働者平均給与額は、きまつて支給する現金給与額が月額金七四、三〇〇円、年間賞与その他の特別給与額が年二二六、七〇〇円賃金センサス昭和四九年第一巻第一表産業計、企業規模計による男子労働者学歴計の三五~三九歳の平均賃金は、きまつて支給する現金給与額が月額金一五四、六〇〇円、年間賞与その他特別給与額が金五四一、八〇〇円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。ところで原告は昭和四五年において年令三四歳、平均給与額金八九、六〇〇円を得ており、賞与等特別給与額については何ら資料はないが、通常毎月支給される給与の他一定割合の賞与等特別給与額が支給されることは公知の事実であるから、原告の給与額と昭和四五年の賃金センサスによる三〇~三四歳の男子労働者の平均給与額とを対比すると、原告はほぼ賃金センサスによる同年代の男子労働者の平均給与額の収入を得ていたことが認められる。労働者の賃金が特に昭和四六年から昭和五〇年にかけてインフレーシヨンの進行と平行して急激な上昇を示したことは公知の事実である。従つて昭和四五年に同年代の全男子労働者との平均賃金を得ていた原告は昭和四九年において同様に原告と同年代の全男子労働者の平均賃金と同程度の賃金を得ることができたと推認されるから、昭和四九年以降の予想される原告の賃金についても昭和四九年の賃金センサスを基準とすることが相当である。

原告は昭和五二年一月一日現在満四〇歳の男子であり、当裁判所に顕著な事実である第一三回完全生命表によると満四一歳の男子の平均余命は三七・〇一歳であるから、原告は六七歳まで二七年間は稼働可能なものと推定される。原告は昭和五二年一月一日以降その稼働可能期間の全てを通じて稼働能力が七〇パーセント程度喪失するから、将来の逸失利益をライプニツツ方式により中間利息を控除してその現価額を算定すると、原告の一年間の収入(金一五四、六〇〇円×一二+金五四一、八〇〇円)×ライプニツツ係数(一四・六四三〇)×稼働能力喪失率(〇・七)=金二四、五六九、四八九円となる。

(尚原告は中間利息の控除をホフマン方式により算定しているが当裁判所は右算定方法は採用しない。)

五  慰藉料 金五、〇〇〇、〇〇〇円

前掲甲二四号証、証人上条昌子の証言によれば本件事故時、原告には妻、長男達也(二歳)、長女幸恵(二ケ月)があり、原告は一家の支柱であつたところ、本件事故により四年以上に亘る長期入院療養を余儀なくされ、現在原告の家庭は生活保護世帯となつていることが認められ、右事実に、本件事故の態様、傷害の部位程度、後遺障害の部位程度その他一切の事情を考慮すると原告が受けた本件事故に基因する精神的苦痛に対する慰藉料は少くとも金五、〇〇〇、〇〇〇円以上を相当とするものと認められる。

第五損害の填補

原告に対し、本件事故に基づき自賠責保険より金二、五〇〇、〇〇〇円が支給されたことは全ての当事者間に争いがない。

第六結論

以上認定説示したところによれば、原告の請求は各被告らに対し、金三五、三二八、一一九円及びこれに対する各被告に対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな、被告北部運送については昭和四七年四月一二日、被告小林については同年同月一三日、被告岩谷産業については昭和四九年五月一二日以降それぞれ完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林醇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例